『角海浜物語』×『阿賀に生きる』いろり座談会&上映会開催!

kokajiya 二階「室礼」では先週末、

お向かいの角屋さんによる温泉まんじゅう教室が開催されておりました。

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様々な使い方のできるフリースペースとしてのこの空間は実に柔軟に

色々な事を表現する場所として機能し、成長しております。

そんな室礼チームが作る、フリーペーパー「シツライ ひとひら」の

2月発行の最新号のテーマは「角海浜(かくみはま)」でした。

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岩室とは山をはさんですぐ隣のエリア。

そしてトンネルが出来るまでは近くて遠い、一番未知のエリアだったのではないかと思います。

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「角海浜」とは、西蒲区の海岸部に1974年まであった村。既に過疎化が進んでいたこの村に「原発誘致」の話が持ち込まれ、それが決め手となり村民の離村が相次ぎます。そして、1974年、最後の一家が去り廃村となりました。その後、周辺住民を含む原発建設の賛成と反対の運動が渦巻く中、1996年、日本初の住民投票が行われました。そして反対多数という結果を受け、東北電力は原発建設計画の白紙撤回を余儀無くされ、撤退します。

残ったのはそこにあった自然と、原発予定地をよけて通ったうねった道路。人は去り、原発も建たなかった…。

この村を20代の頃から通い、廃村以後まで写真を通して記録し続けた斎藤さん。

地域のことなら何でも知っているという生き字引であり、過去を背負って、現在につたえる伝道師のような存在でもある斎藤さんのお話は、「ためになる」という一言では言い尽くせない、深いものがあります。

たくさんお話を伺った中の一部ではありますが、「角海浜にたくさんのことを学んだ」という斎藤さんの言葉から、今後に生きるヒントをつかんでいただけたらと思います。

(室礼ホームページより)

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店のオープンを通して、今年はまた一段とこの岩室、そして周辺のエリアとの交流がありました。

活動を続けていると、不思議と似たような沢山の気付きが連鎖的に起きてきて、

それは全く関係のない事と思っていた自分の生活にも、そして活動や仕事にも

ぐっと入り込んできます。

受け取るものが抽象的であればあるほど、想像力を必要とするその読解はおそらく、

私達「食=命」を取り扱う人間にとって、忘れてはならない事のように思えます。

土地、人、食、そして時間の経過を通して、今の私達が実際に見てみる事が出来るものは、

今どれぐらい残っているのでしょうか。

そんな気持をもって取り組んでいるのがこの室礼の取り組みでもあり、

土着ワークショップでもあります。

命の循環と、自然の中での人間という存在。

伝統や伝承という名の言葉で着飾られてしまう「食べる」という行為による「生き方」の残し方。

地域に眠る「気配」

そして、この「シツライ ひとひらvol.2」をきっかけに、また新しい動きが始まっています。

メンバーと一緒に、考え、取り組んでいきたいと思っています。

 

(以下室礼ホームページより)

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シツライひとひら presents <いろり座談会+16mmフィルム上映会>
『角海浜物語』×『阿賀に生きる』—自分を含めた世界の出来事—

「ひとひらvol.02」号で『角海浜』についてインタビューをした斎藤文夫さんと、ドキュメンタリー映画『阿賀に生きる』(1992年、佐藤真監督)の製作に関わったみなさんを交え、座談会を開催します。同日の午前中には『阿賀に生きる』の16mmフィルムによる上映会もおこないます。20年以上経ってもなお輝きを放っている映画。その撮影をされた小林茂さんご本人によるフィルム上映は、またとない体験になることと思います。鑑賞は無料ですが、上映終了時に「カンパ」をお願いしたいと思います。また座談会の内容は、次号「ひとひら」に掲載予定です。

ぜひお誘い合わせのうえ、ご参加ください。

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「シツライ ひとひら」presents <いろり座談会+16mmフィルム上映会>
『角海浜物語』×『阿賀に生きる』横断トーク
〜自分を含めた世界の出来事〜

ここから先は自分には関係のないこと、と線を引き、区別すること。
そこに人がいる、という想像力を消すこと。
それが、この国の経済の発展を支えた一つの方法だったのではないか。

一方で、「私が病気になったおかげで、あなたたちみんなが病気にならなくてよかった」
そう言って死んでいった人がいる。
自分の周りの人と自然に愛着を持ち続け、分ちがたく生活してきた人々がいる。

そこで生きる人々は、「豊かな」暮らしを望まなかった。
「これでいい」と多くを望まず生きることができた。

人が生活の糧としている川に有機水銀を流すこと。
人が棲む場所に原子力発電所を建てるということ。

それらを自分を含めた世界の出来事として受け止め、生きた人たち。
彼らと出会い、座談者たちは何を感じ、得たのか。
一緒になって考えてみたい。

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<日時>
2014年4月27日(日)
10:00~12:00
第一部 映画『阿賀に生きる』(1992年、佐藤真監督)16mmフィルム上映会
(会場:新潟市岩室観光施設いわむろや内「伝統文化伝承館」)

14:00~17:00
第二部 いろり座談会 『角海浜物語』×『阿賀に生きる』横断トーク
(会場:福井旧庄屋佐藤家)

<座談者>
斎藤文夫(郷土研究家、写真家、福井旧庄屋佐藤家・囲炉裏の火焚きじいさん)
大熊孝(新潟大学名誉教授、『阿賀に生きる』製作委員会代表)
小林茂(映画監督、『阿賀に生きる』カメラマン)
旗野秀人(『阿賀に生きる』製作発起人、冥土のみやげ企画、新潟水俣病安田患者の会事務局)
村井勇(アトリエラボン、『阿賀に生きる』スチール)

●聞き手 桾沢厚子(岩室温泉KOKAJIYA2F「室礼」)

<会場>
・新潟市岩室観光施設いわむろや内「伝統文化伝承館」(新潟市西蒲区岩室温泉96-1)
・福井旧庄屋佐藤家(新潟市西蒲区福井1908)
※各々駐車場あり

<参加料>
第一部 上映会…鑑賞無料(カンパをお願いいたします)
第二部 座談会…500円(お茶、資料代)

<企画>
ブリコール(桾沢和典・厚子)

<協力>
太秦株式会社、NPO法人福井旧佐藤家保存会、NPO法人いわむろや、灯りの食邸KOKAJIYA

<お問い合わせ>
●メール:info@bricole.jp
●電話:080-4051-1211
●FAX:0256-78-8781
申し込みは不要ですが、当日は先着順によるご案内となります。予め席を確保されたい方は、上記のいずれかから、「1)参加者名、参加人数 2)連絡先電話番号」をお知らせ下さい。第一部と第二部、どちらか一方のみのご参加も歓迎いたします。
担当:ブリコール・桾沢(ぐみざわ)

<座談者プロフィール>
●斎藤文夫(さいとうふみお)
1933年新潟市西蒲区(旧巻町)福井生まれ。写真家、郷土研究家。「のぞきからくり」活用普及委員。NPO福井旧庄屋佐藤家保存会理事。元巻郷土資料館長の石山与五栄門氏や写真家・熊谷元一氏との出会いによって、郷土の風景、暮らし、人々の営みなどドキュメント志向の写真を撮り続ける。地域資源の発掘や文化・研究活動の傍ら、写真集も出版。1999年より旧庄屋佐藤家の保存活用を始め、現在も囲炉裏の火を守り続ける。

●大熊孝(おおくまたかし)
1942年台北生まれ。千葉育ち、新潟市在住。東大工学部土木卒、工学博士、新潟大学名誉教授、NPO法人新潟水辺の会代表。専門は河川工学、土木史。自然と人の関係がどうあればいいかを、川を通して研究しており、川の自然環境を守るとともに、治水・利水のあり方を住民の立場を尊重しながら考察している。主な著書に『洪水と治水の河川史』、『川がつくった川・人がつくった川』など。映画『阿賀に生きる』製作実行委員会代表。

●小林茂(こばやししげる)
1954年新潟県生まれ。ドキュメンタリー映画監督、カメラマン。『阿賀に生きる』の撮影により日本映画撮影監督協会第1回JSC賞受賞。主な監督作品に、札幌の学童保育所を舞台にした『こどものそら』、びわこ学園を舞台に重症心身障がい者の心象を描いた『わたしの季節』、アフリカのストリートチルドレンの思春期を描いた『チョコラ!』など。現在、人工透析をしながら豪雪地域の十日町市や津南町などを舞台に『風の波紋』を撮影中。

●旗野秀人(はたのひでと)
1950年新潟県阿賀野市(旧安田町)生まれ。家業の大工を継ぎ、現在、旗野住研専務。新潟水俣病問題で新潟水俣病安田患者の会事務局を務める。映画監督の佐藤真氏をくどき落とし、映画『阿賀に生きる』を誕生させた仕掛け人。また「阿賀に生きるファン倶楽部」や「冥土のみやげ企画」を主宰し、芝居や映画上映、温泉旅行の企画など、被害者の支援にとどまらない、多彩な地域文化運動のけん引役としても知られる。

●村井勇(むらいいさむ)
1961年東京生まれ。新潟市在住。アトリエラボン代表。フリーカメラマン。日本縦断徒歩旅行の途中で新潟に立ち寄り、その際『阿賀に生きる』にスチール担当として参画。1993年長野県南佐久郡にて映画『地域をつむぐ―佐久総合病院付属小海町診療所から』に撮影助手として参加。その後、単独で南佐久のお年寄りの姿を撮影し続け、初個展を新潟、長野、神戸、京都で巡回開催。以後個展多数。新潟日報「assh」の表紙写真を担当。

<座談会開催について>
今年に入って『阿賀に生きる』の映像を観る機会がありました。阿賀の村々や老人たちの生きる姿に「美しい、これこそ新潟の宝だな」と思う気持ちと、「自分もこんな老人たちのようにいつか達観して生きられる日がくるのだろうか?今は時代が違うから無理なのだろうか?」「うらやましい」と思う気持ち、また佐藤真監督はじめ、『阿賀に生きる』を制作した人々へ向かって、「なぜこんな素晴らしい映画が撮れたのだろう、なぜ残そうとしたのか」ということを知りたいという興味がふつふつと湧いて出てきました。そうした感覚の余韻のうちに、過疎に消えた村「角海浜」を記録した斎藤さんへのインタビューに臨みました。すると斎藤さんのお話の端々で、『阿賀に生きる』の映像でみた老人たちがフラッシュバックしてきました。また斎藤さんへのインタビューは、岩室温泉の古民家KOKAJIYA2F「室礼」で発行しているフリーペーパー「ひとひら」vol.2号に、記事として掲載しました。(「斎藤文夫さんに聞く、角海浜」)それを読んだ大熊さんと旗野さんから「『阿賀に生きる』に出てくる老人たちと角海浜の人々が重なって見えた」と、ほぼ同じ内容の感想をいただきました。「角海浜」と「阿賀」。この海の村(角海浜)と山や川筋の村(阿賀)には少なからず共通点があり、またそれぞれの村に関わった人々のあいだにも、そこに惹きつけられた共通した理由があるのではないか、それは何なのだろうという問いから、この座談会を企画しました。その問いは今の時代に不可欠な答えに繋がっていると思うのです。

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